
とある年の7月16日。恵理子は朝早くから目を覚まし、部屋の空調を入れた。
着物を着るための第一歩である。
昨年母の善子、姉の京子とともに浴衣で歩いた祇園祭の街並み。今までも同じ景色のなかを歩いたことはあったものの、普段着ていなかった日本の伝統装束に身を包んでいるからか、初めて足を踏み入れた土地のような特別な感覚があった。
今年、姉の京子は今の家族で祇園祭を楽しむらしい。先月会ったときに主人の陽太さんと娘の椎香ちゃんに浴衣を誂えることになったと、反物を合わせているときの写真を嬉しそうに見せてくれた。
母の善子も遠方から旧友が来るらしく、京都の伝統的なお祭りを楽しんでもらおうと案内に張り切っていた。
一方恵理子はというと、シフト制の仕事でせっかく宵山の日にお休みが取れたというのに、ことごとくまわりと予定が合わなかった。人口密度高まり熱気のあふれる街に繰り出すよりも、ひとり優雅におうち時間を楽しむのも乙ではないかという考えもよぎったが、恵理子は着物が着たかった。
昨年の祇園祭の後、着つけを習い始めた恵理子。はじめは着物に帯に手順を覚えるのが大変で、着物を気軽に着るなど長い道のりになる予感がしていたが、慣れてしまえばこちらのものであった。すっかり着物にはまってしまって、趣味の美術館・博物館巡りをするとき、母の善子と一緒に出かけるときなど、隙あらば着物でのお出かけを楽しんでいる。
せっかく7月になったのだ。夏着物が着られる季節だ。昨年は着付けを習い始めたばかりだったから、まだ夏着物にを袖を通したことはない。自分の夏着物はまだ持っていないが母のがある。少々裄も身丈も短いが、腰ひもの位置を腰骨のあたりに下げればおはしょりの長さは出せるし、自分が楽しむために出かけるだけだから裄も多少短くたって気にしない。せっかくなら新たな季節の着物も楽しみたいではないか。そうなれば祇園祭限定の行きたいお店もある。
そう決心したのが2週間ほど前のことである。
着物を着たい!という気持ちは大きくても恵理子にも億劫になってしまうときだってある。
その気持ちがしぼんでしまわないように、着物を着る前日にはしわのばしの意味も兼ねて着物と長襦袢はきものハンガーに吊るしておくようにしている。帯、そのほか着付けに必要なものもその近くに準備しておくのが着物を着る前のルーティーンになっている。そして快適に着替えられるように朝起きたら一番に空調を入れる!というのを決心して恵理子は昨晩床についた。
そうして恵理子は決心通りに起き上がり、そのまま身支度を整えて今に至る。
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