きものを愉しむ

2026/04/29

KBS京都 新番組 「磯田丸が行く。」の撮影を通して

いつも弊社ブログをご覧いただき、誠にありがとうございます。
ゑり善の主人、亀井彬でございます。

街はゴールデンウィーク真っ盛り。今年の春は気温が上がる日もありつつ、比較的過ごしやすい日々が多いように感じております。
新緑が美しく、風が心地よい季節。皆様にとって、心安らぐひとときをお過ごしいただけておりましたら幸いでございます。

さて、この度、KBS京都さんにて4月28日より新番組としてスタートした
磯田丸が行く。-経済乱世を生き抜く策は!?-」にて、弊社の歴史をひも解く機会を頂戴いたしました。

磯田先生を囲んで

弊社、ゑり善の歴史は、天正12年(1584年)に、創業者・山崎善助が裏寺町蛸薬師にて京染屋として商いを始めたことに端を発します。

以来、代々山崎家は善助の名を襲名し、およそ330年にわたりその歴史を紡いできたとされています。

「ゑり善」という屋号は、「半襟屋の善助さん」に由来いたします。
明治42年に記された夏目漱石の日記にも店名が登場しており、明治後期には半襟の店として高い人気を博していたことがうかがえます。

その後、大正3年(1914年)、四条真町にて「萬屋(よろずや)」を営んでいた亀井吉之助(きちのすけ)が37歳の折に、「ゑり善」の商号を店舗とともに引き継ぐこととなりました。

当時「萬屋」があった場所は、市電敷設に伴う拡幅により、現在の四条河原町交差点となっておりますが、真町の町内の方々と四条大橋西詰めの「ちもと」さんにて、寄合を行っていたことを記したご案内の書状が、今なお弊社に残されております。

「ゑり善」と「亀井家」の歴史は吉之助より数えて112年、私で五代目にあたります。

戦国時代、江戸の飢饉や大火、鴨川の氾濫、幕末や戦争など、激動の時代を経て、現在もなお、私たちは屋号を引継ぎ、創業当時から変わらずに「着物」に関わる商いを続けさせていただけております。本当にありがたいことだと感じます。

今回のご縁は、磯田先生が京都の街で”偶然”出会われた古文書をきっかけに始まりました。

私どもも、来年2027年には、株式会社設立80周年、そして7年後には創業から450年という節目が近づく中、ゑり善の資料や、亀井家のルーツである「萬屋」の歴史を改めて調べておりました時でしたので、このご縁に驚くばかりです。

本番組の進行役である磯田道史先生は、皆様もご存知の通り、歴史学者として大変人気のある方でいらっしゃいます。書籍やTVでのご活躍を見るたびに、歴史を単なる知識やひとつの情報ではなく、物語として興味深く伝えてくださるお姿がとても印象的でございました。

四条通を歩きながら、そして、店舗をご案内させていただく中でも、書、日本画、刺繍、墨、さらには鳥に至るまで、幅広い分野にご関心をお持ちで、常に好奇心をもって物事に向き合っておられるご様子に、大変感銘を受けました。

呉服商とは何か。
萬屋や、ゑり善が大切にしてきたものとは何か。
そして、これからも守り続けるべき指針とは何か。

番組を通して、先生より最後に頂いた言葉は

「挑む 品のよさ」でございました。

この言葉は、これからの私にとって大きな指針となるものと感じております。

着物の専門店として商いを続けることができておりますのは、先達の方々が常に着物一筋に、お客様に向き合い続けてきたからにほかなりません。
改めて、呉服の専門家として、お客様に寄り添い続けることの大切さを感じるひとときとなりました。

初回放送はすでに4月28日に終了しておりますが、
関西にお住まいの方は、5月23日(土)12:00~12:30に再放送が予定されております。

最後になりますが、
貴重なお話をお聞かせいただきました磯田先生、
くのいち役として進行くださったKBS京都アナウンサーの佐藤彩加さん、
ご協力いただきました「いづ重」の北村典生様、
また制作にあたりご尽力いただきました薗田様、伊豆田様、堅田様、
ならびに撮影スタッフの皆様に、心より御礼申し上げます。

このような貴重な機会を頂戴し、誠にありがとうございました。

次回、5月の放送も楽しみにしております。ぜひ皆様もご覧くださいませ。

ゑり善 主人 亀井彬

京都・銀座・名古屋にて呉服の専門店として商いをする「京ごふくゑり善」代表取締役社長として働く「亀井彬」と京都で営業として働く「久保田真帆」 二人が日々の仕事を通して感じることを綴っていきます。
日本が世界に誇るべき文化である着物の奥深い世界を少しでも多くの方にお伝えできましたら幸いです。