きものを愉しむ

2026/05/20

前回のあらすじ
ゑり善のInstagramに投稿されていた女の子用の浴衣のコーディネートを見て、自身の娘 椎香の浴衣を検討し始めた京子。主人の陽太を説得し、今年の祇園祭で椎香の浴衣デビューが決定した。家族3人で見に行ったゑり善にて、陽太も図らずも好みの浴衣に巡り合った様子である。

 

女の子向け浴衣 それぞれ白地に犬、花、貝殻。カラフルな色合い。

陽太が男性用浴衣を見始めたとき、畳に移動した京子と椎香。店員が畳の上に反物を広げていくと、椎香の目はそちらに向いて動かなくなった。好奇心旺盛な椎香にはくるくると回る生地、それとともに現れる柄が新鮮に映ったのだろう。
「お子様用の浴衣はお顔映りというよりお好みによるところが大きいですね。お子様用ははっきりとしたお色目でパッと見てかわいい!というものが多いですよ。」
「どれもかわいい!確かに小さいころだから似合う色ってありますよね。しいちゃん、どれがいい?」
京子が椎香の肩を抱いて顔を覗き込みながら優しく話しかける。
「むらさき!」
椎香は柄に使われていた紫色の部分を元気よく指さす。彼女に一番近いところに置いてある貝殻柄の反物だ。
「今日のおようふくの色といっしょだね!むらさき好きなの?」
店員も椎香に元気に話しかける。
「うん!」
嬉しそうな椎香に京子の頬も緩み、店員へ補足のように話す。
「アイドルの…ええっとグループ名が思い出せませんが…その紫色の子に憧れているみたいなんです。」
「素敵ですね!浴衣をお召しになると特別感を感じていただける方も多いので、お嬢様もアイドルになれちゃいますね。」
「しいかもアイドルなれる?」
はしゃぎだす椎香である。
「アイドルの衣装には帯も必要ですよ~。残念ながら紫色はないのですが、しいかちゃん、どれがいい?」
店員が兵児帯を見せていく。
「むらさき!」
ない色を言う椎香を京子がなだめる。
「椎香、紫はないんだって。ピンクとかどう?これもかわいくない?」
反物の上にピンクの帯を乗せてみる。
「むらさき~」
と椎香も譲らないので、反物と帯を実際にあてて見てもらうことにした。

(さらに…)

2026/05/05

男もの浴衣コーディネート(紺地蟹柄の浴衣、水色の角帯、信玄バッグ)と女の子浴衣コーディネート(白地にパステル貝殻の綿コーマ、ピンクの兵児帯、お子様用下駄)

昼夜の寒暖差もやわらぎ、日が落ちた後も初夏の空気を感じるようになった4月下旬。
子どもを寝かしつけ、家事もひと段落した京子(きょうこ)はダイニングの椅子に腰をかける。
夫の仕事は4月まで繁忙期のため、この月の家事はほとんど京子がこなしている。3歳の娘、椎香(しいか)の通う幼稚園では先週から預かり保育が始まり、自身の勤める会社でも子どもが小学生に上がるまでは時短勤務が認められている。そうした制度のおかげで余裕が戻りつつあったが、自分時間がとれるのはたいてい夜になってからだ。京子は一息ついてテーブルに置いていたスマホを手に取る。届いていたメッセージに返信した後、何気なく開いたInstagramの投稿にふと目が留まった。
「あっ、ゑり善が浴衣の投稿してる!今年の浴衣も綺麗だなあ…」
そう呟きながら京子は昨年の夏に母善子(よしこ)、妹恵理子(えりこ)とともに出かけた祇園祭での様子を思い出す。
母の指南のもと、それぞれに浴衣を着て繰り出した祭囃子で賑わう街並み。帯結びに多少苦戦していたものの着崩れることなく過ごして成功体験を得た恵理子は、その後宣言通りに着付け教室に通い、きものライフを楽しんでいる。今年は夏着物に挑戦したいと言っていた。

ゑり善の投稿写真を最後までスクロールしたところで玄関のドアが開く音がした。
「ただいま。」
残業続きにより最近は子どもが寝静まってから帰宅することも多い夫、陽太(ようた)が帰宅する。
「おかえり。ご飯よそうね。いつも先食べちゃってごめんね。」
「いやいや、用意してくれてありがとう。もうすぐこの残業三昧の日々も終わると思うから、来月の家事は俺頑張るな。」

夫に夕食を出し軽くキッチンまわりを片付けた京子は、仕事で消費したエネルギーを吸い込むように食事をとる夫の向かいに腰かけた。
「ねえ見て、さっきゑり善の浴衣の投稿を見ていたんだけど、こんなかわいいのもあるみたい。」
そういって陽太に見せたのは先ほどスクロールした先に載っていたお子様用浴衣の写真である。白地にピンク系統の色で蝶の柄が染められ、その上にはリボンに形作られた黄色の兵児帯が乗っている。
「これなに?」
今までの人生で和服を着たのは片手で数える程度であろう陽太が不思議そうな顔をして京子を見る。
「浴衣だよ。子ども用の。」
「これが浴衣?生地ってこと?」
「そう、ゑり善では反物って言ってこの生地の状態からお仕立てするの。自分のサイズに合わせてお仕立てしてくれるから昨年誂えた浴衣も着やすかったのよ。」
「へえ…で、これを椎香に?」
「椎香は虫が苦手みたいだからこの柄は選ばないかもしれないけど…この一年で結構背が伸びたから、去年気に入って着てくれてた甚平さん今年はもう着られないだろうし、浴衣を仕立ててあげられたらなって思って。」
「でもお仕立てって高いんじゃないの。今年も新しい甚平買ってあげたらいいじゃん。」
生真面目な陽太は比較的財布の紐も固い。このタイプを説得するにはこのお買い物にいかに価値があるかを伝える必要がある。去年自分の浴衣を誂え、いずれ娘にも…と思ってはいたものの京子も今すぐに考えていたわけではない。けれど早く感じられる娘の成長、可愛らしい浴衣の写真を実際に目にしてはお買い物モードに心が傾いてしまった。
「お母さんが言ってたんだけど、子どもの浴衣は成長してからも長さを出せるように、揚げを取るって言って多めに生地を縫い込むんだって。お洋服や既製品は小さくなったらそこで終わりだけど、そうやって仕立てたものは長いこと着られるよ。」
「長い目で見ればコスパがいいってことか…」
と陽太は考え込むような表情をしながら夕食のおかずを口に入れる。ゆっくりと噛み、それを飲み込んだ後にまた口を開いた。
(さらに…)

京都・銀座・名古屋にて呉服の専門店として商いをする「京ごふくゑり善」代表取締役社長として働く「亀井彬」と京都で営業として働く「久保田真帆」 二人が日々の仕事を通して感じることを綴っていきます。
日本が世界に誇るべき文化である着物の奥深い世界を少しでも多くの方にお伝えできましたら幸いです。


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