京都の「水」と友禅の深いつながり

2020年02月16日

いつもありがとうございます。
今日は京都の街で開催される京都マラソンの日。
あいにくのお天気ではございますが、ランナーの皆様の熱気で京都の街も賑やかになる1日です。

この京都マラソンは、起伏の激しいコースながら、京都の名所を走れるとあって大変人気のある大会です。
今年の倍率は4.4倍ということで、走りたくても走れない方もおられるほど。
私も数年前に出場させていただき、改めて京都の街の美しさを感じるとても貴重な時間になった記憶がございます。

たけびしスタジアム京都からスタートし、桂川を北上、嵐山を抜けて、仁和寺があるきぬかけの路を通ります。
大徳寺の脇を抜け、賀茂川沿いを通ります。上賀茂神社を横に見ながら、五山の送り火の妙・法のふもとを。
再度、賀茂川に出てきた後は、京都御所や京都大学の付近を回りながら、ゴール地点であるみやこめっせへと向かいます。

京都マラソン

このマラソンのコースの一部にもなっている「京都の川」。
実は「友禅染」とは深いつながりがあることをご存じでしょうか。

友禅には、【蒸し・水元】と呼ばれる大切な工程がございます。
「蒸し」は、生地に加えられた染料を定着させること、またその染料に完全な発色をさせることを目的としています。
「水元(水洗い)」は蒸し工程が完了し、完全に 染着された生地を多量の水で洗い流す工程です。
生地に残った不要な染料などを洗い落とすために行われます。

かつては平安京の東半分にあたる洛中域では、伏流水が多く入り込んでいたためわずか3~4mの深さの浅い井戸によって清らかな水を簡単に手に入れることができたといいます。
そのためもあったのか、近世の染め物の中心地は西洞院四条付近に偏っていたようです。近くの「堀川水系」による水が得やすく、堀川で水洗ができるという立地のメリットが、染め物業の発展に深くつながっていました。

その後、友禅染の大量生産が可能になり、友禅染業者も増大。水洗いの水源確保が問題になります。
当時は主に「鴨川」「堀川」で水洗いされていましたが、その後各河川に広がっていきます。
川での水洗いは「友禅流し」とも呼ばれ、こうした光景は近代京都の風物詩として、広く知られるようになります。

しかし昭和46年、排水規制で川での水洗いは完全に禁止されます。
堀川は小さな川であったこともあり、生活排水で水が汚れて、早朝以外の時間では水洗いができなかったとも。
水量が多く水洗いが盛んにおこなわれた鴨川も、沿岸の料理店などから水質悪化への苦情や風致上の問題から規制が厳しくなったようです。

こうした規制が厳しくなる中で、今でも続く井戸水をモータでくみ上げる屋内水洗場を工場内に設けるようになります。
京都の街から友禅流しが姿を消したのが、この時代です。

友禅流し
桂川で友禅を洗う友禅流しの光景(昭和初期)
出典:『京の友禅史』 編集者:松木眞澄 平成4年5月16日発行

今、京都で、この蒸し・水元をされている工場が大変すくなくなっております。
水元で汚れた水はそのまま流すことができず、きれいにするためのコストも相当必要となるとのこと。

着物に携わるものとして、京都の水が生み出した友禅の美しさを感じながらも、
工業として社会に与えてきた歴史
美しいものを生み出しながら、環境への配慮を行うことの困難さ
について、理解を深めていかなけばならないと感じるこの頃です。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
こうした着物にかかわる歴史についても、少しずつ学びながらお伝えしていければと思います。

<参考>
●京都における水に支えられた伝統産業の立地に関する研究

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